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真のお供え、真の信心【金光新聞】

初なり野菜のお供え

 50年近くも前のことになります。
 私が生まれ育った教会には、加藤富士子さんという40代後半の信者さんがおられました。富士子さんの家は、農村地帯にあった教会からさらに10㎞ほど北の山間部にありました。
 結婚する前から母親に連れられて教会へ参拝していた富士子さんは、山を一つ越えた隣の村に嫁いでからも、結核を患う夫の回復を願って参拝を続けていたそうです。
 しかし、夫が40歳あまりの若さで亡くなってからは、経済的に厳しい状況に置かれ、富士子さんは残された育ち盛りの3人の男の子のために、土木関係の日雇いの仕事に出るようになりました。きつい力仕事と家事に追われる毎日でしたが、参拝を欠かすことはありませんでした。

 夏になると、信者さんや教会の隣近所の方が、 立派なカボチャやキュウリ、ナスなど、初なりの夏野菜を携えて参拝します。そのおかげで、この時期はたくさんの夏野菜がご神前にお供えされていました。
 その後、隣近所の方のお供えが一段落したころ、 今度は富士子さんが、初なりの野菜をきれいに洗い、風呂敷に包んで毎年参拝してきます。そして、お結界で「私方の畑で初なりの野菜が取れましたので、神様にお供えしてください」と、恭しくお届けされます。
 富士子さんがお供えする野菜は、教会の近隣の人たちがお供えするような物とは違って、キュウリやナスは細く曲がり、カボチャも立派とはいえない小ぶりな物でした。富士子さんの畑は、山間部にあるため、日照時間が短く、作物の生育は里の農家の畑より遅れてしまうのです。しかし、忙しい中にあっても時間をやりくりして、子どもたちと一緒に親先祖が山を切り開いて耕した畑で野菜を栽培していました。

見栄えと真心

 そのため、初なりの野菜をお供えする時期が他の人たちより遅く、形もふぞろいで小ぶりな物になってしまうのです。それでも、教会長だった父は、富士子さんが初なりの野菜をお供えすると、月例祭の祭典後の教話で、必ずこう話しました。
 「今年も富士子さんが皆さん方よりもだいぶ遅れて、初なりの野菜をお供えされました。私は、『氏子が真心を込めて初なりの野菜をお供えくださいました。喜んでお受け取りください』とご神前にお供えさせて頂きました。
 富士子さんは、毎日参拝しているので、皆さんがお供えしてくださった立派な野菜を目にしてきたはずです。普通なら、『今さらこんな物をお供えしても…』と、つい思ってしまうのではないでしょうか。それでも富士子さんは、他と比べることなくお供えになる。これこそが神様への真のお供えであり、真の信心だと思うのです」

 現在、私は生まれ育った教会を離れ、ご縁を頂いた教会で教師のご用をさせて頂いています。
 教会の祭典のお供え物を買いにスーパーマーケットに行くと、形の整った色とりどりの野菜が並んでいます。そんな時に、ふと富士子さんのことと、父の話を思い出すことがあります。
 見栄えは良くても、真心がこもったお供えができているのか。信者さんの真心がこもったお供え物を心からお礼を込めて神様にお届けできているのか。あの時の富士子さんの思いを忘れることなく、ここからのご用に当たらせて頂きたいと身が引き締まる思いになるのです。

※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています

(「心に届く信心真話」金光新聞2016年7月3日号掲載)

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