平和への祈り
金光教報 「天地」7月号 巻頭言
昭和20年8月、広島と長崎に原爆が投下され、一瞬にして多くのいのちが奪われた。それから日を待たずして終戦を迎え、今年で72年となる。広島をはじめ、東京、山口では、7月から8月にかけて平和集会が開催される。教団では7月を信行期間と定め、「世界の平和と人類の助かり」を願いとして、全教勢をそろえた取り組みを進めさせていただく。
明治元年、天地金乃神様は、教祖様に「生神金光大神」の神号を与え、同じ日に「天下太平、諸国成就、総氏子身上安全の幟(のぼり)染めて立て、日々祈念いたし」と諭された。生神金光大神様に託された神様の願いは、歴代金光様、直信、先覚諸師に受け継がれ、「神人の道」との教主金光様のおぼしめしにも表明されている。
私たちは、そのおぼしめしとご祈念を頂き、日々、神前拝詞の中で「総氏子身上安全世界真の平和のご神願 成就せしめたまえと願いまつる」と祈らせていただいているが、信行期間において、心新たに、戦争で亡くなられた方々の霊(みたま)の立ち行きとともに、「世界の平和と人類の助かり」の実現に向けて、平和への祈りにつとめてまいりたい。
「平和」という言葉は今日、戦争のない状態だけを意味するものではない。戦争状態ではなくても、安心、安全、正義、公平、自由、人権尊重、健康、福祉の充実、文化的生活、生きがい、環境保全など、時代状況の変化に伴い、「平和」の意味合いは広く捉えられるようになってきた。
金光教平和活動センターは、全教の祈りが込められた「一食をささげるチャリティー」献金等をもって、フィリピン、タイ、カンボジアなど、東南アジアにおける貧困地域での教育支援に取り組み、来年で30年となる。また、教内の各種団体や有志によって、「まごころ運動」や「ハートフル・トレード・プロジェクト」、「絵本英訳プロジェクト」、「クレヨンを送る運動」なども進められている。このような本教信心に基づく、広い意味での平和実践にも、いっそうに取り組ませていただきたい。
ところで、終戦から25年を経て、ある雑誌の編集長は終戦直後の体験を振り返り、「戦争がないということは それは ほんのちょっとしたことだった たとえば 夜になると 電灯のスイッチをひねる ということだった たとえば ねるときには ねまきに着かえて眠るということだった 生きるということは 生きて暮すということは そんなことだったのだ 戦争には敗けた しかし 戦争のないことは すばらしかった」と記した。
空襲におびえる生活を体験した筆者にとって、衣食住すべてが不自由ではあったが、戦争のない生活が始まり、当たり前のことが当たり前にできるのが素晴らしいことであった。しかし、そんな戦争のない暮らしの手ざわり、ありがたさが次第に薄れ、豊かで便利になっていく生活の中に埋もれていくことへの危惧も込められている。
戦争のない72年という年月を経て、日本社会は大きく変わったが、今もなお、世界各地でさまざまな紛争やテロが起こっている。多くの人々が不合理な死をとげ、生活の場を失っている。時代社会がどのように変わっても、戦争がなくなるという平和への願いは、人類にとって切なる願いであり、神様の悲願であることに変わりはない。
かつて、マザー・テレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と言われた。自分が安心で安全な生活ができていることのありがたさを忘れ、そうした生活ができない人たちに思いを寄せることなく今の生活に安住すること。それが「無関心」ということであろう。
教祖様は、人間について、「みな、神の分け御霊(みたま)を授けてもらい、肉体を与えてもらって、この世へ生まれて来ているのである」と仰せになり、「天(あめ)が下の者はみな、神の氏子である。天が下に他人はない」、「人の身が大事か、わが身が大事か。人もわが身もみな人である」とも教えられている。
人種、性別、宗教などの違いはあっても、人は皆、等しく天地の恩恵の中に生かされ、神様の心を分け与えられたかけがえのない、尊い存在である。お取次を頂き、そうした神の氏子としての自覚が深まっていけば、内なる神心が発動し、おのずから、他者の苦しみ、難儀に「無関心」ではいられない。
私たちは日々、神様の恩恵の中に生かされ、本部広前をはじめ各教会広前で具現されている生神金光大神取次によって立ち行くおかげを頂いている。そのお礼と喜びを土台として、世界中の神の氏子が、一人残らず、平和で幸せな生活ができていくように、平和への祈りと実践につとめさせていただきたい。