胎内の命は神のご領分【金光新聞】
メンバーの大半は楽器を手にするのは初めて
2000年の初夏、私(38)は在籍教会のブラスバンドを率いて、金光教本部で毎年8月上旬に開催される少年少女全国大会の音楽隊行進に初参加するため、練習に明け暮れていました。教会では、その年の前年から音楽隊結成の気運が高まり、幼稚園児から親御さんまで、総勢30人ほどの信奉者から成る音楽隊が結成されました。【金光新聞】
とはいえ、メンバーの大半は楽器を手にするのは初めての人ばかり。大会まで4カ月しか残されていない中で練習を始めましたが、当時4歳と3歳の幼児を抱え、楽器の知識も経験も乏しい私にとって、無謀とも思えるチャレンジでした。
中心となる中高生は、学校の部活動との両立が難しい時期でしたが、親御さんも時間をやりくりして熱心に取り組んでくださり、また、30年間、教会でバンド活動を継続してこられた先輩の先生に指導を仰ぐという幸運にも恵まれました。
しかし、わずかな練習時間で行進に参加するという目標の前に、何度もくじけそうになったのも事実でした。
そんな私を支え続けてくれたのは、「絶対出たい!」というメンバーのいちずな思いでした。
その熱意に後押しされて練習を重ねてきた7月も半ばのある朝、私は妊娠に気付きました。
「まさか、この大変な時に…」
喜びの一方で不安と疲労が重なり、おなかの赤ちゃんを気遣いながら、大会当日までの残り少なくなった日々を懸命に過ごしていました。
今の私ができる精いっぱいを
そして、いよいよ大会が目前に迫ったある日、強い倦怠(けんたい)感を覚え、出血もあったことから、私は病院で診察を受けました。
この時、医師から「育っていないかもしれない。心音が聞こえない」と告げられたのです。そんな状態の中で、遠距離をバスで移動し、音楽隊で行進したいと告げる私に医師は、「バスの中で出血したりしたら、今度のお子さんはあきらめないといけないよ」と、再考を促しました。
思いがけない妊娠に、あたふたさせられたり、幸せな気持ちで心満たされたり、また赤ちゃんか大会かという選択を迫られたり…。
病院から教会に戻る車中で、なぜか泣けてくる自分が不思議でもあり、おかしくもありました。同時に、練習に打ち込む子どもたちの笑顔や懸命に演奏する姿が浮かんできました。
やがて、車が教会に近づいたところで、音楽隊の練習する音が耳に聞こえてきた時、私の心は決まりました。
「胎内の生命は、神様のご領分。私が思い煩うことが何になろう。育つ生命なら、たとえどんな状況でも神様が生ませてくださる。育たない生命なら、神様がお引き取りくださる。私は今日まで来させて頂いたことを喜び、元気な心でみんなとご霊地に参拝させて頂こう。少年少女会の子どもたちに、今の私ができる精いっぱいをさせて頂こう」
私たちはその夏、ご霊地でのバンド行進に初参加し、感動の体験を得ました。その翌年、名残雪の舞う早春にお授け頂いた男の子は、音楽を通じて人のお役に立たせてもらいたいとの願いを込めて、奏(そう)と名付けました。
あの夏、一緒に行進した一人ひとりの笑顔は、9年を経た今も、私の心の中で、宝石のように光り続けています。
※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。